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ゲームによる親切設計についてゲームの楽しみが減っていると思う事

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最近のゲームはとにかく親切設計になっています。ユーザーフレンドリーとも言われますが、ユーザーのことを考えられプレイしやすいように設計されております。

しかし、親切が行き届きすぎてゲーム本来の楽しみすら奪っているようにも思えることがいくつかあります。ユーザーのことを考えた親切設計がゲームの難易度を下げてしまい、考える楽しみが無いような気がします。

危険予知の楽しみも奪う

最近思うのが親切心が行き届き、危険予知を行うことまで取り去るような設計を感じます。

車で言えば危険を察知して、ブレーキまで踏んでくれる機能がゲームにも付いてきていると感じます。車については事故が無いのが一番なのでありがたい機能ですが、自動ブレーキがあることで本来人が危険を予測して更に察知してブレーキを踏まなければいけないということを、車が止まってくれるからヘーキヘーキと勘違いしてくれる人が出てしまいそうで実は私はちょっと怖いと感じています。

そして、ゲームにもこういった危険予知や予測をすることもしなくて良いゲームが出てきております。例えば敵の攻撃を事前に知らせてくれる、敵の攻撃範囲が示されるなんて機能のあるゲームも存在します。

非常に便利でありがたいのですが、この機能のおかげで敵の攻撃の予知や予測する楽しみが無くなってしまっているのでは?と感じることがあります。予測することで考察する楽しみもゲームにはあると思えるので、親切設計も考え物だと感じました。

操作する楽しみも奪う

親切設計ということで1ボタンで何でもできてしまう。やってくれてしまうゲームも最近あります。ブラウザゲームやスマホのゲームにありがちだと感じます。

最近はパッケージのゲームでも、操作を省略できるゲームが増えてきたと感じます。昔はAIまかせのオートバトルはほとんど壊滅状態だったんですが、最近はAIも進化して楽をできることが増えてしまいました。

ゲームの楽しみはボタンによる入力をすることで、自分自身がゲームに介入できるのも楽しみのひとつだと感じているので、この楽しみが無くなってしまうのは勿体ないと感じます。

想像する楽しみを奪う

親切かどうかはわかりませんが、最近はキャラクターの設定などが異常に凝っていて、どちらかというとキャラクターありきのゲームが増えてきた気がします。

〇〇という奴はああでこうでと、キャラクターを溺愛したい人には良いかもしれません。しかし、設定が濃くなればなるほど、ユーザーが想像する余地も奪っているのではないか?と思います。

またキャラクターに色々な要素を盛り込み過ぎて逆に設定の辻褄が合わなくなってることも散見される場合があります。ゲームはある程度ファンタジー部分を残していた方が色々と楽しめるのではないか?と個人的には感じています。

緊張感を奪う

最近のゲームでは、この一面が多いと感じますが、リトライ性が高くなる反面やられてしまう緊張感が奪われているゲームが多いと感じます。プレイヤーがミスをしても手痛いゲームが減っていると思います。

リトライ性の高さは快適性にも結びつくので、やり直しやすいゲームが増えていますが、ミスに対して気を付けることも減ってしまうと思います。確かに30分も前に戻されるというのは苦痛ですが、ミスへのペナルティが低すぎるゲームも考え物だと思います。

選べると嬉しい

上記の要素は、少しでもゲームをプレイするユーザーを増やすためにとられた措置ではありますが、個人的には新設心がゲーム本来の楽しみを奪っていないか?と感じる面です。

難易度調節や設定などで、これらの要素を取り払う設定も選べると嬉しいと思いました。キャラクターの設定などはオン・オフの切り替えは難しいかもしれませんが、ボイスのオン・オフくらいは選べると良いと思います。

古いゲームが最高とは言いません、確かに親切設計のおかげで煩わしい操作などが無くなることは良いことです。しかし、親切が過ぎて考える楽しみまで無くなってしまうのは個人的にどうか?と思ったので、ココに書かせていただきました。